開拓馬の厩

いろいろやる

研究と鬱と休学の話

これはEEICアドベントカレンダー2日目の記事です。

研究する気のない人が大学院に入って精神状態がボロボロなった話とそこから這い上がった話をします。

TL;DR

  • 人は心が荒むとスピリチュアルに頼りがち。でも認知行動療法に頼ったほうがいい
  • つらくなったら学生相談室にGO
  • 「勉強をしたい」と「研究をしたい」は別。大学院は後者のための場所

研究室と研究生活について

学部4年(去年)の4月から、電子情報工学科のIIS-Lab(矢谷研究室)に配属されました。 その後、大学院に進学した後も在籍し続け、1年半ほどこの研で過ごしました。

IIS-Labの研究内容は公式サイトを見ればわかるので、研究室の雰囲気や学生の過ごし方を軽く説明すると、

  • 毎週水曜日に全体ミーティング、また週一で先生と1対1でミーティング(コアタイムはこれだけ)。
  • 一人1プロジェクト。解決すべき問題を探すところから実験計画まで、全部自分で決める。
  • 研究の進捗管理GitHubのissue、業務連絡はSlack。
  • 論文はOverleafで書く。共有リンクを渡せば、先生も上級生もわりとガッツリ添削してくれる。*1
  • 発表練習が手厚い。卒論発表や輪講の直前はミーティングで発表練習をやる。
  • 学生居室がキレイ。(ベンチャー企業のオフィス感)
  • 修士1年の夏に企業のインターンに行くことが推奨されている。
  • 1/3ぐらいが留学生。*2
  • 計算資源はMicrosoft Azure。研究室でパートナー契約的なものをしてるらしく、高いインスタンスを借りても大丈夫っぽい。(書き忘れていたので2019/01/15追記)

自分で考えたテーマで研究したい人、研究のモチベーションが高い人にはとてもいい環境だと思います。 逆にそうでない人をきっぱりと休学・退学させてくれるのもいいところなのかな……(ごまかしで卒業できてしまうのよりは間違いなく良い)

気の乗らない研究生活。鬱の傾向が現れる

そんな素晴らしい環境に身を置きながらも、研究生活を送るにつれて私の精神はすり減っていきました。

その原因は研究の進捗が芳しくなかったことです。 まず、研究テーマを見つけるという段階から躓きました。 どのような研究をやりたいかというビジョンを明確に持たないまま4年生になってしまったため、やりたい研究が思いつかないという状態に陥りました。 IIS-Labでは、研究テーマは各人が自分で決めるという方針だったため、テーマが降ってくる*3こときも期待できず、ただ途方に暮れる状態でした。 結局、なんとかひねり出した微妙なアイデアを元に研究っぽい何かをでっち上げるというような酷い卒業研究でした。 こんな具合で卒業研究は散々な結果だったのですが、大学院入試には受かっていたためそのまま大学院に進学し、修士の研究でもテーマが見つからないという問題に直面し……

毎週のミーティングで先生に報告できるような進捗を作らなければという重圧や、修論発表の期日までに成果を出せないかもしれないという漠然とした不安と戦う毎日でした。 こうした不安は大学にいる時間だけでなく、買い物している間やご飯を食べている間、寝る前の布団に潜っているときも、趣味の登山の最中ですら、常にこうした不安からは逃れられない状態でした。 自由な時間はたくさんありましたが、心から休める時間は1秒たりともありませんでした。

そんな生活を送っていたら不眠症になり、保健センター精神科*4で診てもらったところ「鬱の傾向*5がある」と言われました。

認知行動療法、マインドフルネス、スピリチュアル

こうして鬱の傾向にあることが発覚したのですが、そこから抜け出すために色々な「あがき」をしました。

まず認知行動療法に取り組みました。 認知行動療法というのは、出来事に対するネガティブな思い込み(自動思考)を言語化し、合理的な思考に修正することで精神を安定させる手法で、鬱やパニック障害の治療方法のひとつです。 精神科医デイビット・D・バーンズの名著「いやな気分よさようなら」や「フィーリングGoodハンドブック*6を読み込みました。 そこに記載されているノートテイキング手法を試したり、日々認知の歪みを意識して生活したりすることで、ネガティブな自動思考を徐々に和らげていきました。 他にも認知行動療法の亜種であるAcceptance Commitment Therapy(ACT)についても調べ、できる範囲で実践しました。

他にもマインドフルネス(瞑想)にも取り組みました。 マインドフルネスとは「何も考えない」状態を作ることでストレスを和らげる手法です。 基本的に道具を使わなくてもマインドフルネスは可能なのですが、ガイドがある方がやりやすいと考えたので、HeadSpacePauseといったアプリを使いました。 ちなみにHeadSpaceのようなMindfulness-based Applicationは学術研究の対象として注目されてきているようです。 コンピュータサイエンスを用いてWell-beingを追求するという目標の元、HCIと精神医学を組み合わせた学際的な研究は最近流行ってきているみたいです(マインドフルネスは決してスピリチュアルやオカルトのたぐいではないぞ)。 「ウェルビーイングの設計論*7」等の書籍に詳しく書いてあるので興味を持った方はご一読してみることをおすすめします。

他にも、南米のスピリチュアルな儀式*8を試したり(今思い返すと相当キテた)、 ちょっとした一人旅に行ったり*9、 半ばヤケになって色々試しました。

認知の歪みを意識すると気分が落ち込みにくくなるという発見は今でも役立ってます。

東大の学生相談ネットワーク

学内の学生相談ネットワークもフル活用しました。 大学生活を送るうちに心を病む人というのはわりと多いらしく、ほとんどの大学には学生相談室という施設が設置されています。 東大の場合、学生相談室の他に、精神保健支援室(保健センター精神科)、コミュニケーション・サポートルーム、なんでも相談室、ピアサポートルームという施設が存在し、まとめて学生相談ネットワークと呼ばれています。 私はピア・サポートルーム以外は全部利用して精神の安定させていきました。 せっかくなので使い方とかどんな雰囲気かというのを書いておきます。

  • 学生相談室
    • スクールカウンセラーの方と相談できる場所
    • 基本的には毎週 or 隔週ぐらいのペースで通院(通室?)する
    • 予約制
      • ネット予約だと1~2週間後になる場合が多い
      • 実は電話予約だと融通が効く場合がある
  • 精神保健支援室(保健センター精神科)
    • 精神科医臨床心理士に診察してもらえる
    • 初回はスクールカウンセラーの方と面談 and アンケート
    • 基本的に薬を処方してくれるだけ。カウンセリングはあまりやらない
    • 診察料は無料、薬代は自費。健康保険が使えず全額負担
    • 初回は窓口に直接行く。二回目以降は予約制
  • コミュニケーション・サポートルーム(コミュサポ)
    • 発達障害の支援 and 自己理解を深めるという位置付けの相談室
    • 基本は学生相談室とほぼ同じ
    • 会話の練習をしたり、知能試験を受けたりすることができる
      • WAIS 3という1回2万円の試験が無料*10
    • 発達障害の医学的な診断を受けることも可能
      • 診断を受ける場合、臨床心理士が両親に電話して子供の頃の様子を聞くというフェイズが挟まる
      • ちなみに私も受けてみたが、発達障害というよりは社交不安症の傾向らしい
    • 隔週ぐらいのペースで通院(通室?)、予約制なのは学生相談室と同じ
  • なんでも相談室
    • なんでも相談できるらしい
    • 一度行ったが、学生相談室を紹介されただけだった
    • 精神状態の悩みは「学生相談室 or コミュサポ行きましょうね」になるような気がする
  • 工学部学生相談室
    • 学生相談ネットワークの管轄ではなく、工学部が独自に設置している学生相談室
    • カウンセラーじゃなくて事務員的な人が常駐してる?
    • 1回行ったけど正直微妙だった

まとめると、保健センター精神科でおくすりをもらいつつ、学生相談室とコミュサポのどちらか or 両方でカウンセリングを受けるのが良いんじゃないかな。 悩みを言語化したり、自分の状態をより深く理解したりすることはとても大事です。

どうやら自分は研究をしたいわけではないらしい

そんなもろもろの「あがき」や学生相談ネットワークの支援によって現在の私の精神状態はかなり安定しています。 そして今は何をしているかというと、大学院を休学してスタートアップ企業でエンジニアをしています。 今やってることについては他の記事*11で語るとして休学に至った心境についてお話します。

鬱の傾向が晴れて今の自分の状況が冷静に捉えられるようになった私は極めて単純な心理に気付きました。 つまるところ、自分は研究をやりたいわけではなかったのです。 大学に入ったときは講義を受けて色々なことを学びたいと考えていましたし、大学院入試をした動機の中には他の研究者が書いた論文を読むのが好きという要素も多少ありました。 しかし、自分が論文を書いて他の研究者に読ませることには全く興味がないということに気付きました。

本当にやりたいことは研究ではなかった、他にやりたいことがあるはず、仮にやりたいことがまったくなく自分の人生に意味がないとしても研究するよりはマシな時間の潰し方はある。。。 と、あれこれ考えるうちに、嫌々ながら研究を続けるより休学してエンジニアとして働いたほうが良いのではないかという結論に至りました。

  • 自分はお金とスキルを得られてうれしい
  • 先生は私の指導に当てていた時間を自由に使えてうれしい
  • 企業は私という労働力を得られてうれしい

などなど、私が休学して働くことであらゆるリソースが正しく使われるようになるわけです。*12 もちろん修士卒の肩書が遠のくというデメリットもありますが、研究に対するモチベーションが低い自分が、なんちゃってMaster of Engineeringで不当に高く評価されるのは、今後の人生において良い結果を産むはずがありません。

そんなことを考えた私は、次の日には休学届を完成させ、次の日には現在のインターン先に面接に行き(あっさり採用してくれた弊社に感謝)、あっという間にエンジニアに転生していました。 こうして研究する気がない学生が一人消え、人手不足のIT業界に働き手が一人増え、世界は少し良くなったとさ、めでたし。めでたし。

*1:研究室見学では論文執筆環境はあんまり語られることがないが、それなりに重要な要素だと思う

*2:今年秋入学で3人入った。彼らが秋入学したのと入れ違いで休学したので、どんな人なのかあまり知らない

*3:教授や院生が研究テーマを考え下級生にやらせる現象

*4:学内の病院的な施設

*5:精神科医による診察結果であるが、診断書が発行されるレベルの本格的な診断ではないため「傾向」というファジーな表現がされている

*6:この2冊は鬱の状態で読むには内容的にも物理的にもやや重いのでそれっぽい入門書を図書館で借りたほうがいいかも

*7:この本は私が発注した(ドヤ顔)ので工学部2号館図書館に蔵書されている

*8:瞑想をして精霊を呼ぶ的なやつ

*9:レンタカーで四万温泉にドライブして事故る(駐車場で隣の車を擦った)。レンタカー屋の保険2100円で全部解決できた上に警察に通報して事故の後処理をするという貴重な体験ができたのは良い買い物だった

*10:バラマキではなく医学研究の一貫である。念の為

*11:退学アドベントカレンダー13日のエントリ

*12:このあたりやたら大げさに書いているが、休学決めた日は鬱の傾向が裏返って軽い躁状態になっていたのか「俺は休学して世界を正しくするぞおおおおおぉ」と本気で考えていた